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分岐 黄色い電車の行方

レールの分岐と電車ブログ

会いに行く時は、ひと駅ひと駅過ぎるのがまるで指折り数えてクリスマスを待つような気持ちになる。でも今はクリスマスでも何でもない。電車が止まるたびに乗降する人の数が減る。車掌のアナウンス。普通に繰り返される光景。ひとつ、またひとつ、縮まっていく距離。車窓もひと駅ごと、毎日目にする風景と変わってくる。ガタタン、ガタタン。同じリズムで座席の下から響く音も美紀には心地よかった。

「津田沼、津田沼でございます。お降りのお客様は、お忘れ物のございませんように」着いた、やっと着いた。もうすぐだ。いそいそと改札口を出て見回すと、その人は軽く微笑んで近づいてきてくれた。
「待った?」「いいや、本屋で適当に時間つぶしてたから大丈夫」「ありがとう。迎えに来てくれて」ありがちな会話だけれども、初めて雄介のところを訪ねてきたのだ。2週間前、遊びに来ないかと誘われてこの日が待ち遠しかった。


初めて出会ったのは、雄介の同級生の木本と木本の彼女が飲みに行くというので誘われたときだった。木本は美紀のサークルの先輩で、その時連れてきたのが雄介というわけである。ほがらかで話題の豊富な美紀に、雄介は好感を覚えた。


それからというもの、もっと大勢でコンパをしたり遊びに行くとき、美紀と雄介は必ずそのメンバーの中にいた。木本もこの二人を誘いやすかったのだろう。そうして何度も顔を合わせているうちに、「二人で映画でも行く?」雄介から声をかけてきた。


二人の大学は違う。キャンパスは美紀は都内で雄介は千葉。講義や部活の都合もあって、会える機会は少なかった。それでも、ごみごみした渋谷や新宿で落ちあい喫茶店でとりとめもない話やPARCOで買い物をしたり、時には飲みに行くこともあった。


バスに乗り雄介の下宿につく。昭和も終わり平成が始まったころ、まだ当時よくある学生ばかりが住んでいる下宿屋みたいな、木造の大きな建物で入り口や手洗いも共同というところだった。異性の出入り禁止ということもないが、みんな少し気を使って女子が来ているとあからさまにわかるようなことはしなかった。

靴を部屋に持って入り、美紀はしげしげと部屋を見回す。ふうん、もっとごちゃごちゃしているかと思ったら、案外きれいに暮らしているんだ。そう思った。「掃除でもするのが普通だと思った。」美紀がそういうと「うーん、いつもはもう少し服が散らかってるかな」雄介が答える。


うそでもなさそうだ。本棚にはたくさんの本がきれいに並べられて、勉強机もある。古い建物だが、ここの住人はみんな几帳面らしい。男子だけが生活する独特の匂いというものも少なかった。

雄介が用意したジュースと手土産のケーキを食べながら、いつものように時間を忘れるほどお喋りをしているうち、日も傾きかけ急に美紀は不安を覚えた。ここから美紀のアパートまで2時間近くかかる。


「ねえ、そろそろ駅の近くで食事でもしない?それとも何か作ろうか?買い物は」そう言って立ち上がると雄介が腕を掴んだ。そろそろと美紀を引き寄せると雄介は言った。

「僕は・・美紀が好きだ。今まで言えなかったけど」「・・・。会ってるだけで楽しかったから・・」飲んだ帰り、ふざけて肩を組むことはあっても、こんなふうに誰もいない、まったく人目のないときはなかった。


「美紀は?美紀のことを先輩がデートに誘ったって聞いた。H大のあいつやW大の・・・木本から聞いた。美紀は?僕をどう思う?」

沈黙が続く。美紀は息が詰まりそうになりながら、いつもの彼女とはうってかわって蚊の鳴くような声でやっと答えた。

急に自分が女だということを突き付けられたようで、たまらなく恥ずかしくどうしたらいいか、混乱した。

「・・・そうじゃなかったら、来ない。」とやっとのことで答えた。「わかった・・・良かった。」雄介はそういうと安堵したような笑顔を見せた。ゆっくり、静かに美紀を抱きしめてきた。

駅まで送ってもらい美紀の住む荻窪へ、三鷹行き最終の黄色い総武線に乗った。
いくつ駅があったか覚えてはいない。

眠気も手伝ってか不思議なことに電車が雄介に抱きしめられた時のようにふわふわと暖かく心地よかった。深夜近く景色も見えない。

なのに行きの時間の半分も電車に乗っていないような気がした。美紀の知らない雄介を見た。美紀を乗せる電車は暗闇の中をどこに向かうのか。

駅を出て振り返ると、ホームの灯りで黄色い電車がやけに浮かび上がって見えた。


アパートに帰っても、なんだか自分が自分ではないような心もちがする。「今度からどんな顔をして会えばいいんだろう。」

もの想いという感情はこういうものだろうか。雄介は今頃寝ているに違いない。自分がこんなにも眠れないのを、雄介は知っているだろうか。

生まれて初めて知る感情が小さな泉のように湧き上がる。こんな気持ちを味あわせる雄介を少し恨めしくも思った。

美紀の心配は杞憂だった。すぐ会える時間があるわけでもなく、雄介の下宿は電話も
共同の公衆電話なので、誰が電話にでるかもわからない。だが再会した時、幸い雄介はいつもどおりの雄介だった。

美紀はアパートで課題のレポートを書いている時、ふっと雄介のことを考えるようになった。

いや、考えていたというよりも、五感全体が感じ取った雄介を呼び起こし、美紀を捉えていた。その感覚に浸るのはいやじゃない。

むしろ雄介を感じられて、ああ、こんなにも彼とひとつ、こんなに身近だと思う。



帰り際、腕を掴んだ力具合、そう、確かこのあたり。美紀に好きだと言った時、怖がらせないように気を使った静かな、でも少しうわずった声音。

そろそろと引き寄せる時、かすかに震えていたけれど、こわれものをあつかうように優しかった手。耳に残る、緊張をみせまいとしても聞こえてくる息づかい。

立ち上ってくる甘いような汗のような何か入り混じった雄介の匂いは、肺の奥深くまで達している。雄介は美紀の細胞ひとつひとつに入り込んでいた。

美紀の皮膚に残る手の感触、手をつないだ時の長く繊細そうな指が好きだった。触れてほしい。そう思わせる好きな指だった。



「良かった」と言った笑顔のあと、おずおずと抱きしめられた時、思った以上に厚みのあった胸。

その胸から伝わる心臓の響き。美紀が全力で走った後と同じくらいの強さに感じとれる。同じ心臓を二人で分けているような感覚。

背中に回してきた腕も優しかったけれど、どこか力を抑制しているような不思議な感触。何よりも包まれ委ねてしまいたくなる圧倒的なほどの、美紀との違い。

雄介は友達じゃない、私の一部だ。ぼんやり想いにふけっていると、電車の警笛が聞こえた。あの電車にひとり乗って会いにいきたい、自分で自分の肩を抱きしめる夜が何度あっただろう。

そのうち1学年上の雄介は卒業し、地元で無事教職についた。別れるわけでもなく、かといって何か約束を交わしたわけでもない。たまに電話もするが、帰宅は遅く研修が相次ぎ、指導案を作成したりと多忙を極めている。ゆっくり話をすることはほとんど無くなった。「どうして何も言ってくれないの。私はどうしたらいいと思う?」いつもこの言葉が喉元まで出そうになる。



けれど言ったところでどうなるだろう。今は美紀もどこで就職するかもわからない。地元で教職につくことが美紀の夢だった。試験に向けて勉強もしなければいけない。そんなある日の夜。12時を回り寝ようと思っていた時、電話が鳴った。


「・・・美紀?」酔っているのはすぐにわかった。「雄介、辛いの?仕事大変?」そう聞くと、「ああ、教職向いてないかもな。美紀がどうしてるかと思って。」「うん、まだ新米教師だもんね。ちゃんと寝てる?」「ああ・・・。疲れた。」それきり答えがなく、呼んでも返事がない。雄介はどうやら寝てしまったようだった。

その週末、美紀は思い切って雄介をたずねた。朝目覚めて、急にそう思ったのだ。会いに行こう。連絡もしていない、いなかったらいなかったでいい。さっと小さく荷物をまとめて新幹線に飛び乗った。


雄介は赴任先の近くでアパートを借りている。案の定留守だったが、そのままドアの前で待っていると、運よく小1時間ほどで雄介が帰宅した。「美紀!何してんの!」「こないだ寝落ちしたでしょ、なんか心配になって」「・・・そか。」雄介は美紀を見た瞬間微笑んだ。が、すぐ視線をそらした。美紀はもっと喜んでくれるかと思ったが、雄介の行動が理解できなかった。


「そうだ、ドライブに連れて行ってやるよ。」「え、でも疲れてるでしょ。」「いや、ちょうど気分転換になるし、行こう。案内してやるよ。荷物もそのまま載せて」雄介はトヨタセリカに美紀を乗せ、港大橋臨港緑地に向かった。


助手席に乗るとはこういう気持ちなのだ。特別な存在という感覚。「もう誰かとドライブとかしたんじゃないの?」探るような気持ちで聞いてみる。「家族は乗せたけど、通勤しか使うことないよ。」と軽くあしらわれた。

海のそば、天保山ハーバービレッジで遅い昼食を食べ、顔を突き合わせて話をしていると、学生時代そのままの二人だった。雄介の笑い顔は相変わらず穏やかで優しかったし、ベンチに腰掛けて海をみていると、今までのように自然に肩へ腕をまわしてきた。


夕方の海風がほほに心地よい。美紀の髪を弄んでいた雄介が言った。「今日はありがとな。新大阪まで送るよ」美紀は耳を疑った。「え、なんて?」「うん、もう、帰った方がいい。」


「いきなり来て迷惑だった?ごめん」「いや、そんなことない!話せて楽しかった。けど、もういいんだ。気がすんだし心配かけたな。送るよ、行こう」「私、何も話せてない、励ましてあげてないし。」「わかってるよ!いいって言ったじゃないか!」語気を荒げるこんな雄介は初めてだった。

あれ以来、美紀は雄介に電話をかけられなかった。雄介からも連絡はない。余計なことをしてしまったんだ。あの日の軽はずみな行動が悔やまれてならない。雄介は私に背を向けた。雄介を傷つけた。本当は自分のことしか考えていなかったんだ。


美紀は自分を責めた。会いたい、もう会えないけど。会いたい。あの時と同じだ。美紀の30兆以上ある細胞の一つ一つに雄介がいる。そのすべてが雄介の元へ戻る、自分を帰せというように、美紀を苛ませ身もだえるほどの苦しみで美紀を攻め立てた。自分の中の荒ぶる細胞の声を、美紀はようやっとのことで耐えるしかなかった。


もう雄介とは終わったんだ、自分に言い聞かせる。雄介に続いていた電車も分岐して、私は違うレールに乗らなくちゃいけないんだ。涙が一粒流れだしたらもう止まらない。
泣きながら美紀はバスタブに浸り、深くしみ込んだ雄介の記憶を持つ細胞を洗い流してしまわなければ。止まらない涙を流しながらシャボンをたてていると、電車の警笛が鳴り響くのが聞こえた。

美紀も地元に戻り運よく教員になれた。2年が経ち、最初の赴任地から異動が命じられた時、3才年上の後藤という男性教員が声をかけてきた。頼りになる先輩で誰にもわけへだてなく話し、リーダーシップのとれる人だった。


美紀は後藤に交際を申し込まれ、素直に承諾した。1年もするとプロポーズされ、3か月前に結納を交わしたところだ。半年後に結婚式を上げる日取りを決めた。これでそのうち私も落ち着くのかなあ。人生ってこんなものかも・・・。堅実な人だしそれもいいかもしれない。

そんなことを思っていたある日。そろそろ寝ようかと思っていると美紀の部屋の電話が鳴った。後藤だと思った。「はい、もしもし」「・・・あ。美紀?美紀だよね。雄介だけど、わかる?」「えっ!?」美紀は耳をうたがった。


「美紀、元気か?」「うん、雄介は?本当に久しぶり。仕事はどう?元気でいるの?」
だめだ。一瞬であの頃に引き戻されてしまった。「美紀。あの時はごめんな。謝りたくて。」「手紙でも書いてくれたらよかったのに」「なんだか、自分の気持ちがうまく整理できなかったんだ。今思うと美紀を傷つけた。ごめん。」


想いが通じた。どこかで分岐したレールがどこかのポイントでまたこちらにレールを向けたのだろうか。「ううん、もういい、わかってくれたからいいよ。こっちこそ雄介のことわかってなかったんだと思う。」何年も前のことなのに、涙があふれ出す。


「美紀、・・・お前がいないとダメだって思ったんだ。僕のことがわかるのは美紀しかいない」何ということだろう。もっと早く言ってくれていたら!


「あのね、雄介、あの、私婚約したところなの。ごめん、半年後に結婚が決まったの」・・・!電話の向こうで一瞬すうっと息を飲むような音がしたかと思うと、少しの間沈黙が漂った。「ごめん、ごめん。もっと早く私から連絡すればよかった」


「いや、違う。僕に思い切りが無かったんだ・・。確かに忙しかったし、辞めようか悩んだけれど。でも僕が悪い。」しばらく沈黙のあと、雄介は言った。「美紀、もう一度でいい。話をしに来ないか、会いたいよ。僕が行こうか。せめて1度きちんと話がしたいんだ。」


黄色い電車が走ってきた。美紀の前に停車し、ドアが開こうとしている。


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