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偏愛うどんエリート県民今昔物語

3000文字チャレンジうどんのアイキャッチブログ

去る2011年10月のこと。香川県はうどん県と改名した。県の名前なんて変えられるのか?この宣言は全国をざわつかせることとなった。


しかし。一番腰ぬかしたのは当の香川県民だったろうな。え?住民票は?銀行の引き落としは?税金どうなんの?それより、こんなこと言っちゃって、日本の笑いもんじゃん。


けれども、乗り遅れるのもやだ。乗り遅れたくない日本人は、県民だけじゃなくて全国にもいた。翌年の年賀状にまじで「うどん県〇〇市」って書いてポストに投函されたもんだから、日本郵便の慌てたこと。そのニュースは記憶にまだ新しい。

日本には独立国が2つある。一つは大阪。大阪国である。これは万城目学先生著の「プリンセストヨトミ」(2009年文藝春秋)で立証されている?(ホントか?)


そしてもうひとつ。香川県である。全香川県公務員推しで「うどん県」として、2011年10月高らかに県民無視で立国宣言した。うどんによる王政復古の大号令であった。


しかしお上に気をつかってか、はたまた大阪国に肩を並べるほどの根性もなく、国と名乗ってはいない。大阪は大阪城の地下に大阪国議事堂まであるが、香川にはない。


その香川の至宝「うどん」とは何か。ゴールデンウィークには、うどんの魔力を解き明かさんとばかりに全国からお宝を求めて人々が押し寄せた。


おかげで「わがかがわ」(香川県のもうひとつのキャッチコピーである)には、うどん御殿だのうどん城だのが建設され、威光を放っている。一見田んぼの中のつつましいうどん屋の近くには、似つかわしくない豪邸が建ち我々は毎日その方向に向かって合掌する。


まあ、これがうどん国議事堂がわりというか、うどん国省庁なんだろうな。

そんなうどんバブルでウハウハしている「わがかがわ」がうらやましかったんだろうか。2015年、埼玉県は何をとちくるったか、われこそはうどん県と名乗りを上げたのである。


さすが「翔んで埼玉」だけのことはある。やることが翔んでいる。香川の8倍近い人口を生かし「今より1か月に一人2杯多くうどんを食べて日本1のうどん県に!」とスローガンをかかげた。


しかしSNS上では、「埼玉なに考えてんの」「香川に勝てるわけないじゃん、あそこいくらうどん食ってるか知ってんのか。頭おかしいんだぞ」「下克上なんて無理ゲー」と完全否定の声が相次いだ。

ここでSNSに踊らされず、冷静に分析してみたい。そして闘う価値があるかどうか。これが現代の戦略である。(資料が2009年~2015年頃と幅広いが、一応ってことで)

県の面積と人口

  • 埼玉県・・・3798K㎡ 733万人
  • 香川県・・・1877K㎡ 95万人 (面積は日本一小さい)

うどん生産量

  • 埼玉県・・・24.720トン
  • 香川県・・・59.643トン

うどん用小麦粉一人当たり年間消費量

  • 埼玉県・・・3.6㎏
  • 香川県・・・60㎏  (よく見て。6.0㎏じゃない)

人口10万人当たりのうどん店舗数

  • 埼玉県・・・26.48店
  • 香川県・・・65.97店 (犬も歩けばうどん屋にあたる)

一人当たりの年間うどん消費金額

  • 埼玉県・・・6.715円
  • 香川県・・・12.570円 (ひと桁多いのは全国でも香川だけ)

コンビニエンスストア店舗数

  • 埼玉県・・・1905店
  • 香川県・・・657店   (うどん屋は約800店)

聡明なみなさんなら、すでに勝敗はついているとお気づきだろう。なんせ香川のリーマンはうどん週に何回食べると聞くと、「週5!」「週6!」と胸を張って答えるのだ。しかも1回に2~3玉食す、頭のおかしい猛者ぞろいである。


実際、埼玉がうどん県になろうと思えば、今の14倍うどん食っていただかないといけないのだ。埼玉県民よ、その覚悟は、決心はあるかい?

勝ち目はない・・・火を見るよりも明らかだが、一抹の不安はある。それは・・・。香川には、強烈な戦闘力を持つ手札が無いということだ。要潤と高畑淳子じゃたりない!


もし、万が一合戦になった時、高見沢俊彦カードだの、反町隆カードだの、竹ノ内豊カード切られた日にゃ1発逆転くらうのは目に見えている。


そこで県民すら出し抜いたうどん県公務員は、ひそかに福岡に密使を送り条約を結んだ。福岡は諸説あるうどん発祥の地ではあるが、古文書ではより年代や経緯が明らかである。香川県民も一目おくと同時に、妙な親近感とリスペクトを抱いている。


何よりもカードが豊富を超えている。相手の戦力を無効化し、攻撃を発動する強力な布陣が揃っている。松田聖子、橋本環奈、陣内孝則、松重豊、妻夫木聡etc、そして高倉健にあのタモリ。


福岡県さまさまである。これなら、いつデュエルを挑まれても準備万端、備えあればうれしいな。埼玉よ、いつでもかかってこい!出てこいや!!

ここまで入念な戦略を立てておけば、間違いない。埼玉県おそるるに足らず。日本いち小さな県とあなどり、無謀ないくさを仕掛けてきた「さいたまん」をひと吹きでけちらしてくれようぞ。


ふんっ。どうだ、うどんで挑むなんて1万年早いわ(あ、今、わたし全埼玉県民と、埼玉出身者を敵にまわしたな汗)

というわけで・・・。このくらいうどん県の住人は、うどんを愛するというよりも、憑りつかれている。支店経済のこの地に転勤して、うどんのとりこになって泣く泣くまた転勤したリーマンも少なくない。


このうどんという、ただ小麦粉をこねて打って伸ばしただけの食べ物が、なぜこうも人を惑わせるのか。県民が飽きることなく食し続けるのだろうか・・・。

私が子供の頃はまだまだ製麺所、というところが多かった。生活の半径50メートル内に1軒は製麺所があったんじゃなかろうか。


今じゃ、うどん屋というとあの丸亀製麺所のイメージが強くて、トレーを取って並び、
うどんを注文し目の前のてんぷらやコロッケを皿にとる。会計をしたらネギをのせて、
というセルフサービススタイルが定着している。


でも、でも違うのだ。民家の倉庫みたいな場所で、生コンのトラックの回転する部分だけ外したようなミキサー。あのもっと小さいもので小麦粉と塩、水で練り、練った生地をよく踏んで寝かせておく。


寝かせてなじんだ生地を伸ばしては折りたたんでまた伸ばし、うどんの太さの裁断機で
うどんを裁断し、ゆで上げる。うどん粉が舞うなかで。お昼近くになると、よくざるを持ってできたての玉を買いにいったものだ。


これが本当の生うどん。母親が出汁を作るのを待ちきれず、兄と一緒に10センチくらいちぎっては、ざるのうどんをちびちびつまんでいると、1玉くらい無くなってしまう。


噛んでいるともっちりとしたうどんの中から、じんわり塩味が口に広がる。それが空腹には優しい美味しさなのだ。塩辛くないのと、小麦粉の甘味と芳醇な香りが鼻腔に広がりついつい手が止まらなくて、よくしかられた。

「おばちゃん、おうどん4つちょうだい」というと、持参したざるの中に入れてくれる。あのころって、製麺所だと1玉30円くらいだったんじゃないだろうか。うちの近くの製麺所は玉売りと、学校給食用の卸ししかしていなかった。


粉だらけになりながら、製麺所のおじさんとおばさんはうどんを作る。夕方5時ころには、風呂をすませ1日終わったなあという風情で、のんびりしている姿を見かけたものだ。


当時はこの一画にも子供が多かった。兄がここの長男と同級生で、遊びに行ったきり帰らない時はよく呼びに行った。他にも酒屋の息子、医者の娘、八百屋の娘、うちと同じ
会社員の息子、大勢集まって遊んでいたけれど、時々余ったうどん玉を持たせてくれて嬉しかった思い出がある。


ここの製麺所がお休みの日は、20メートルくらい離れたところに八百屋さんが2店あって、「東の八百屋さん」「西の八百屋さん」と呼んでいた。少しの差で近い「東の八百屋さん」にもよくお使いに行って、そこでせいろに並んだうどん玉を買っていた。


今じゃ、スーパーでビニル袋に入れられている。せいろに並んだうどんは適度に湿気が残り、なおかつ玉が引っ付くこともなくしっかりと味が残っていた。

思い出といえば(私は覚えていないのだが)まだ、つたい歩きと四つん這いしかできない頃のこと。母親が目を離したすきに私がいなくなり、縁側から落ちたのか、家の中のどこかにもぐりこんだのか探し回ってもいない。


玄関が少し開いていて外に飛び出すと、近所のパーマ屋のお姉ちゃんがギャン泣きする私を連行してうちに向かっていたそうだ。なんでも東の八百屋さんの手前で見かけ、危ないから保護したんだが、八百屋に向かっていたのは明らかだと思う。


歩けない、四つん這いでそこまで行くか。人間の食に対する本能はすさまじい。抱っこされて連れていかれる八百屋への道と、ここは食のパラダイスということは私の脳内にしっかり刻まれていた。と同時に、離乳食のうどんで培われた粘り強い足腰も証明されたのである。


無事帰還した私の手は、玉子ボーロの袋を握りしめていた。きっと八百屋のおばちゃんが持たせてくれたに違いない。ああ、香川ってあたたかい。

話をもとに戻そう。こうして、香川県民の脳内にはうどんというものの味覚と、うどんへの行動様式がプリンティングされていくのである。離乳食には小さく刻んだうどん。慣れると3cmくらいの長さをちゅるんとすすり、味と食し方をその身に叩き込まれる。


きっとこういう過程をへて、香川県民の神経はうどんでできあがっていくのだ。


こうして県民はうどんエリート、うどんbotと成長する。中高生になればすでに生意気に、あそこのうどんがうまいとか、いやあっちが出汁は好みだとか、オプションはここが最高だとか、ネットもない時代から、うどん情報だけは飛び交ったのである。


「うどん県」と名乗りを上げてからは、なぜ自分たちはこんなにうどんが好きなのか。日本人が日本の文化について説明できないのと同じだ。ハタと誰もが気づき考えているうち、とある情報誌はこう見解を述べていた。


うどんの粉・・・白い小麦粉・・・。アレには何か入っているのだ。そう、決して口に出して言えない、アレだ。うどん巡りをした観光客も憑りつかれたように、繰り返しやってくるのは・・・アレのせいに違いない。


うどんには依存性がある。小麦生産農家のたくらみか。はたまた香川は小麦を作るのに最適な地だと発見した、弘法大師の秘法のせいだろうか。小麦つくりを奨励した殿様の
陰謀だろうか。


こんなにも身体がうどんを欲するなんて!しかもここのうどんはコシが強いだの弱いだの、出汁はイリコに限るだの、揚げ玉とネギは入れ放題が当たり前だの、うどんに超敏感になってしまった、しようもないうどん県民。


おたくを超えて、うどんへの愛は変態、いや、偏愛がすぎる。しかし、この大切に刻まれたDNAはきっと消えることなく、宇宙の果てまでも受け継がれていくんだろうな。それが「わがかがわ」、うどん県民の永遠の使命なのだ。


#3000文字チャレンジ
#3000文字うどん (2020/5/21お題)

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3000文字チャレンジ公式アカウント @challenge_3000
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